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白老酒季116号

□薫風 〜社長便り〜
□HIDE AWAY 〜酒蔵お婿さん通信〜
□会長だより
「明治時代の知多酒5 明治中期の社会情勢、豊醸組の結成2」


 

 

 

Vol.41「令和6年 新年のご挨拶」 

 

白老酒季 新年号をお届けします!!
昨年のご愛顧に心より感謝申し上げます。
年末年始、皆様はどのようにお過ごしになられたでしょうか。

澤田酒造の一家は、毎年恒例の丸餅に角餅を重ねる独特な鏡餅をお供えし、大晦日のおせち料理を食べ、つかの間の休息で英気を養い、新年の営業をはじめております。
2023年の年末、バスケットボールの髙田真希選手が、ついに皇后杯初優勝というタイトルを手にされたのが私には何よりの励みになりました。
逆境にも諦めずに挑戦し続けること。私もその姿勢を持ち続ける2024年にしたいと思います!

さて、おかげさまでお酒造りも順調に進み、いよいよ吟醸造りが始まりました。
杜氏たちの緊張感が一気に高まっています。
今年は昨年よりも10種類ほど多くのお酒造りを行っています。知多半島の山田錦を使った純米大吟醸の増産や、仕込み水違いでの純米酒の製造などの研究にもチャレンジしています。
改めてご案内できる日を楽しみにしております。

新酒のご案内です。
お馴染み「蔵人だけしか飲めぬ酒」の新酒が11日(木)に発売。
そして、年中お問い合わせも多い「あばれ酵母」は、18日(木)発売となります。
「若水純米吟醸の無濾過生原酒」はフルーティで飲みやすくて人気です。
円熟した味の「春うらら」も発売されます。
毎年予約販売限定の「純米吟醸今朝しぼり生原酒」のご案内もあわせてどうぞ。

そして、今年は記念すべき第35回の酒蔵開放を行います!
槽口しぼりたての生原酒や甘酒のふるまいも行います。酒蔵弁当もございます。
たくさんの皆様とお会いいたしたく、ご来場をお待ちしております。
2月はぜひ酒蔵開放にお越しください。

今年も一年どうぞご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

2024年1月新春によせて
澤田酒造株式会社 澤田 薫

 

 

 


 

Vol.60

 

おひとりさま。
1999年に提唱され、2005年には新語・流行語大賞にノミネートされた言葉。「女性が一人で快適に旅を、食を楽しむこと。個が確立した大人の女性」から始まり、「グループ利用が多い施設を一人で利用して楽しむ人」に意味合いが変化し、一般化したものです。

私は一人っ子ということがあるのか、グループで行動するのも適応することはできるのですが(ボーイスカウトや部活で学んだ)、おひとりさまが大好き。
ライブでもドライブでもツーリングでも釣りでも、市場ができる前から一人カラオケ、一人焼肉でも楽しむことが出来るタイプ。

そんな私がいやなことがあった時、元気がない時は一人で酒場の暖簾をくぐります。

誰にも話しかけられないように、その場にスッと溶け込み、ビール大ビンで気道確保しながら食べたいものが溢れかえっている短冊に書かれたメニューをざっと見て、優柔不断が爆発しパニックになる、すんでのところ、直感でパッと二品選び、ビールやっつけて、メインのアテを選んで日本酒をキュッと飲んで、トマト酎ハイでリセットしてから次のお店へ。

そしてしっかり酔う前、二~三軒ほど回って帰るみたいな流れが癒し。

当然ですが注文したものは誰の意見を聴くこともなく、自分の好きな物ばかり。
飲むペースも量も種類も自由。
飛び交う会話から身を躱し、スッと雑踏へ消えて次へ、次へと何も決めないで流れていく。

最高。

酒場はこころの治安維持にとって大切なところです。(レコード屋も…)

ここ三年これが出来なかった。コロナ禍の影響でハシゴ酒をする習慣がなくなりつつあるとの話もよく聞きます。
そして料飲店様も人手不足で場合によっては一人客をお断りしないといけないこともあるそうです。

仲間で楽しくも最高に楽しい。でもたまにはこんな感じで楽しんでみてはいかがでしょうか?

そんな酒場に白老があれば嬉しいな。 最高に癒すことができるお酒を造っている自負はありますので。

 

 


 

その四十二
明治時代の知多酒5 明治中期の社会情勢、豊醸組の結成2

 

前回と前後しますが、明治15年当時の日本の産業をざっと表から見ると、米麦に次いで清酒の割合が二番目にあるとわかります。
今からでは想像もつかない日本がそこにあります。

もう少しそのころの情勢を見てみてみると、松方正義の緊縮政策と紙幣整理による大不況が知多の酒造業に大きな影響を及ぼしていることがわかります。

半田町史によれば、酒造家は高率の酒造税を徴収されるだけでなく、運賃は高価で酒の市価は低落していて、おまけにインフレ時代のため、原材料の米、樽丸など資材価格から職工の賃金まで高騰していました。

「小資本の酒造家は愈々困難を究るに至り、然れども世間紙幣に酔狂し居るの時なりしかば、金融自在にして多くは負債を以って継続したり、これ実に明治十三四年の光景なりき。然るに明治十五年の頃人々酔夢の覚醒したると共に、政府は十六年を以って兌換制度を発布し紙幣の回収を図るに及び、物価は俄然として低落し金融は頗に逼迫し、債主の督責益々急なるにより倒産したるもの多く、また富有の酒造家も薄利にして且其検査の厳密なるを嫌ひて廃業するもの続出するに至れり…」とあります。

 

 

<現代語にて意訳>
小規模な酒造業者はますます困難な状況に直面しました。
しかし、当時は社会全体が紙幣に酔狂しており(つまりインフレ)、多くの場合、金融機関は柔軟に対応し、多くの企業は負債を抱えながらも事業を継続していました。これがまさに明治13〜14年の光景でした。
しかし、明治15年ごろになると、人々は紙幣への過度な依存から目を覚まし始め、政府も明治16年をもって兌換制度(一定量の金との引き換えが保証された制度。紙幣の信用を金によって担保するもの。)を発表し、紙幣の回収を進めました。
これにより物価は急激に低下し、金融はますます厳しくなりました。
債務者に対する督促がますます厳しくなり、多くの企業が倒産しました。
また、富裕な酒造業者でさえ、利益が薄く、厳格な検査により廃業を余儀なくされる事例が相次ぎました。

 

 

 


そしてついには明治16年、知多郡全酒造業者による衝撃的な同盟休醸の決議が東京の酒問屋大行事宛になされます。

もう一つの流れで全国で新しい酒造産地が生まれてきていました。
これは維新政府の封建的束縛からの解放という政策の一環でした。
明治12年10月から明治13年9月までの製造数量の比較では、1位 兵庫453,034石、2位 愛知 292,563石、3位 石川 221,458石、4位 福岡219,544石などに続き愛媛、岡山、新潟、長野、広島などが台頭し始めました。

このような極めて厳しい状況の中、知多の酒造業者は復活をかけて豊醸組を結成したのです。

 

 

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