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白老酒季115号

□薫風 〜社長便り〜
□HIDE AWAY 〜酒蔵お婿さん通信〜
□会長だより
「明治時代の知多酒4 明治中期の社会情勢、豊醸組の結成」


 

 

 

Vol.40「今季のお酒造りがスタートしました」 

 

暑かった夏もいつしか過ぎ去り、今年も黄金色に輝く稲穂から自然の恵みをいただきました。
酒蔵にまたお米の蒸し上がる香りが広がる季節の到来です。

いつも澤田酒造ならびに白老をお引き立ていただきまして、誠にありがとうございます。

今年も10月19日より初甑を迎え、麹室火災から3年目のシーズンがスタートいたしました。
最近酒蔵では、朝礼の時間にラジオ体操を始めました。秋の青空の下毎朝気持ち良く身体を動かしています。

 

 今季のお酒造りでは、白老史上最高の酒質が造り出せるよう新しい挑戦を幾つかしていきます。
感謝の気持ちを忘れず、安全にそして美味しいお酒造りに真摯に向かい合っていきますので、ぜひ新酒も楽しみにお待ちくださいませ。

 まずは、「初しぼり」「若水純米しぼりたて生酒」から発売となります。
今年はどんな味に仕上がっていくのでしょうか。
私もとっても楽しみです。

 さて、今号では、その他年末年始におすすめの商品、贈答用セット商品などをご紹介しております。
併せて、商品パンフレットとおうちでお肉with白老のカタログも同封いたします。
お肉のセットは、白老の酒粕を食べて育った知多牛、名古屋コーチン、知多豚のペアリングセットです。
今年の「知多のガストロノミーを楽しむ会」でも紹介したお肉とのセットはこのカタログでしか味わえないセットですのでぜひご利用くださいませ。

  また、本年も、豊橋の老舗「ヤマサちくわ」さんの年末のパンフレットを同封しています。
当社のお酒もご紹介いただいております。
年末年始の練り物にぜひご検討くださいませ。

  今年も残すところ二か月を切りました。
どうか皆様の今年一年の締めくくりが、穏やかに素晴らしいものになりますことを心より祈念しています。
心から平和を願って。

 

2023年11月吉日
澤田酒造株式会社 6代目 澤田 薫

伝統製法の木製甑で外硬内軟に蒸しあげます

 

新しい麹室での麹造りも3回目となります

 

 


 

Vol.59

 

10月と言えば酒造りのスタートでもありますが、NHK連続テレビ小説(朝ドラ)の切り替わりの時期。

○○ロスという言葉があふれかえりますが、今年前期の「らんまん」は見事な終わり方でロスがなく、次に始まった「ブギウギ」も良いスタートを切ったので安心して視聴しております。

 

私が一番ロスになったのは2013年放送の「あまちゃん」伝説の朝ドラ。

 

日本のドラマ史上の金字塔のこの作品。

主役は「地味で暗くて、向上心も協調性も個性も華もないパッとしない」高校生というすごい設定でスタート。
さすがクドカンこと宮藤官九郎さんの脚本。
伏線の張り方と回収、ちりばめられた小ネタが巧みで感心させられるのはいつも通りですが、長丁場の本作は出演時間が短い脇役まで人物のバックグラウンドが多面的、そして人間味あふれる表現で描いていて、すべてのキャラに魅了されます。

 

基本的に登場人物達はいい人だけどクセもなまりも強い。
クセの強さは一歩間違えると性格の悪い嫌な人。

 

いや実際そんなにいい人ではない。
嫉妬深く、自分勝手で理不尽、毒舌家。イジリ方も強い。
でも悪い人とは違う紙一重の人達が沢山出てきます。
(登場人物たちがおばあちゃんの家に集まる際には必ず日本酒があり、飲むシーンも多数が嬉しい。)

 

主人公の親子3代が、自分自身を見出し、自由奔放に生きる姿に、クセの強い街の人達が影響され自発的に変わり、震災で大きな傷を負いながらも復興へ歩んでいく物語。

放送は終わったけど、あのドラマの世界ではまだ日常が続いていると思うと、ずっと見ていたい思いに駆られます。

 

今年もいよいよ酒造りが始まります。私達も麹室火災から3年。
そしてアフターコロナの世界で自発的に変わることが出来ているのか?
変わらないことも必要だけど、それだけじゃあね…。

 

「自然の良いところばかり利用して、自然の怖さから目を背けて、そのうち忘れてしまう。それが人間の傲慢さ」

 

宮本信子さん演じる、夏ばっぱのハッとする一言を胸に自戒の念を持って造りに挑もうと考えます。

 

そんな思考ぐるぐる巡らせながら、未だあまロスが怖い私は、また1話からリピートをするのです。

 

 


 

その四十一
明治時代の知多酒4 明治中期の社会情勢、豊醸組の結成

 

産業経済面にとって明治前期はまさに激動の時代ということができます。
酒が重要な税源であると前号に書きましたが、政府の酒造政策は一言でいうと重税を課すこと、それを慰労なく取り立てることにありました。
そのやり方があまりにも人権を無視したものであったので廃業が続発する大きな要因になっています。

 

保守的な体質の酒屋といえども憤慨は並大抵なものではなく、極めて急進的な主張を持つ自由党と結びつき、ついには「大阪屋会議」に結びつきます。
この辺りは紙面もないのでいつか書きたいと思いますが、結論として政府の弾圧によって酒屋の〝一揆〟は惨憺たる結果に終わりました。

しかし、このことにより全国の同業者の結束の必要性が痛感され、明治24年「全国酒造組合連合会」が結束されました。

 

知多においては明治16年の大不況のため、製造数量前年のほぼ半分、さらに19年には42%まで激減、このため、知多の酒造家には抜本的な意識改革が求められます。
今まで5つの部落に分かれていた組合を統一して強化、全国に先駆けて「同業組合豊醸組」を結成しました。
豊醸組は知多の酒造家の内部的な事柄だけではなく、対外的にも積極的な働きかけを行い、前述の「全国酒造組合連合会」の設立、運営、さらにはお酒の腐造を防ぐ画期的な製法の開発、全国への普及活動を行うなど酒造業全体に大いに貢献しています。

 

こうした動きとは裏腹に知多の酒造業は衰退を続けます。
明治30年代に入ると、ついに全国で認知されていたブランド「中国酒」の名称も消滅(中国酒とは、江戸と上方の中間にある酒の意味で、事実上知多の酒を指します)してしまい、事態の深刻さを身をもって感じることになります。
このため、身近なところでは知多郡物産共進会、全国的には内国勧業博覧会、さらにはシカゴ博覧会など海外のイベントにも積極的に参加しました。

輸出を含めて新規の販路拡大を図ったわけで、結果として東海三県はもちろん北陸、四国、東北、北海道、朝鮮にまで輸出されることになりました。

そしてもう一つの大きな課題、つまり知多酒の品質が必ずしも優れていたわけではない、これを解決することこそが今後の生き残りの要諦である、という考え方の酒造家もいました。

そのあたりは次号で。

 

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