古式伝承 職人の熱き心が伝わる「愛知・常滑の酒」

白老の酒造り

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白老の酒造り

清酒白老のできるまで

清酒「白老(はくろう)」は

現在も、昔から良いと言われたこと、良いと言われた道具を守り伝えながら、 基本に忠実にお酒を造っています。特筆すべきは、全量のお酒をこの方法で造っていることです。
知多の酒らしく、しっかりと米の旨さを出し、濃醇でありながら、一切雑味を出さないようにするには、古いけれど伝統の方法が一番と考えています。
「白老」は、「赤味噌、たまり醤油」の食文化圏の地酒として、きき酒のための酒ではなく、料理を引き立てる食に寄り添ったお酒でありたいと願っています。

大吟醸から普通酒まで、すべて昔ながらの製法で酒を醸しています

原料

米作り

お米は酒質の良し悪しを決定づける最大の要因です。最高級の兵庫県「山田錦」をはじめ、八反錦、五百万石など酒造好適米を厳選して使用しています。


もともと造り酒屋は地元で取れた米を原料にしてお酒を造っていましたが、酒造レベルの向上に伴って、酒専用の米に特化してきました。又、今では高品質酒は全て酒造好適米で造られます。食べるための米は7~8%を糠にするのに対して、20%から30%、そして現在は50%も60%も糠にしてしまうものもあります。これは酒の雑味の原因となる、米粒の外側の脂肪分やたんぱく質を取り除いて、純粋なでんぷんにするためなのですが、そのための精米の作業に耐える大粒で割れにくい形状、そして、もともと脂肪分やたんぱく質が少ない性状などが良い酒米として求められます。

酒米の等級検査風景

各地で特徴的な米が作り出されて、大規模な安定した品質の米が供給されていますが、一方で、地元の米で造ることが見直され始めました。なんといっても“米”で酒が決まるといっても過言ではないからです。当社も遅ればせながら、数年前から、まず自社の田で県産酒造好適米「若水」の栽培を始めました。できるだけ農薬をひかえて ( 種籾の消毒だけにして、田植え後は一切消毒を控えています ) 、肥料も控えめにして育成していますが、反収が激減してしまったり、いろいろ米造りの難しさを経験しているところです。このところ、熱心な農家の方を増やして、酒米を作っていただいています。

仕込水

2kmほどはなれた知多半島丘陵部(新水谷)の伏流水を江戸時代から自家水道を引いて使用。すなおな軟水で、ふくらみのある、まろやかな酒質をつくりだしています。

お酒の中の80%以上は水であること、又発酵に大きな影響を及ぼすことから水は大変重要な要素です。しかし、知多半島は雨の少ない地方で、昔から水には大変苦労している地域です。


弊社では 2キロほど離れた知多半島の中央丘陵部に湧き出る水を、江戸時代から私設の水道でひいて使用しています。木曾のヒノキをくりぬいた木管の周りを 1メートルほど粘土で固めて、地下を通して持ってきていますが、現在は木管の接合部が外れることがあるために管だけはプラスチック製に変えてあります。写真は毎年の井戸換えの様子で、元水の湧き出る周りの草刈、井戸の清掃を行っているところです。

製法

蒸し米

糠を削り取った白米は、洗米の後、水に浸し吸水させます。水切り後約1時間ほど蒸しますが、お米の性質に合わせてキメ細かい管理が行える木製のこしき(大型のセイロ)を用いて、ていねいに蒸しあげます。

蒸し

収穫されたお米は乾燥後、酒米専用の竪型精米機で精米します。米の温度が上がると後の工程で割れやすくなるため、高精白には大変時間がかかります。十数時間から数十時間、場合によっては百時間くらいかけて、米粒の原型を損なわないように丁寧に研磨するのですが、現在は当社ではこの工程は行わず、精米作業は専門の業者さんにお願いしています。

 

 

 

 

 

浸漬

精米したものはそれでもやはり三十数度まで品温が上昇するために、水分も蒸散します。精米したお米は、それゆえすぐに使えず、二週間以上常温の倉庫において、徐々に水分を取り戻させます。

 

 

 

 

洗米

その後、糠を洗い流すために洗米をしますが、高精白の米はすぐに水を吸いすぎてしまうため、ストップウォッチ片手によーいドン!で時間を決めて洗います。その夜は水分が均一になるようにやさしく撹拌した後、ざるの中におきます。

 

 

 

いよいよ翌朝朝 5 時から甑(こしき)に米をはっていく作業が始まります。そして大体 6 時ごろにバーナーに添加しますと、 7 時ごろから蒸気が甑の上に立ち上ります。そのまま蒸し上げ、 8 時ごろにいよいよお米を掘りあげる作業になります。熱い米を甑の中で掘るのは大変な作業です。米は年度、産地、品種によって硬軟、含水率が異なるため、最高の麹を作るためにこの蒸し米工程は大変重要です ( 「酒造りは蒸しから」 という言葉があるくらいです ) 。現在は多くの蔵で連続蒸米機が使われていますが、そのような訳で当社では「甑」という木製の大だるを用いて、その米その米にあった最適な蒸しを行い“外硬内軟”を心がけています。

こま・さな

蒸し米の掘取り作業

蒸米に麹菌を繁殖させたもので、酒づくり工程中最も重要な作業です。麹菌が原料中のデンプンを糖分とし、タンパク質を分解してアミノ酸に変え、アルコール発酵の原料の糖類や酒の旨みをつくる役割をします。弊社では今では吟醸づくりにしか用いられなくなった麹蓋を用いて、すべての酒を造っています。

  酒造りは昔から「一麹、ニ、三仕込み」といわれ、麹造りは最も重要なポイントです。それだけに麹造りは各蔵の杜氏が最も心血を注ぐ場です。現在ではコンピュータ制御の完全自動製麹も普及していますが、高価なため、地場の造り酒屋では「大箱麹」という方法を用いることが多いようです。

 

 

  当社の場合は、昔から用いられてきた「麹蓋」を使っております。夜間の作業をしなければならないこと、完全な洗浄が求められるため大変な手間がかかるなどのため、すべてのお酒について麹蓋を用いているのは現在愛知県内では当社のみです。(平成18年現在)

 

 

麹室の中の作業

この麹蓋で少量ずつ作った麹は、均質で麹菌の深い破精込み ( はぜこみ ) を可能とし、米のうまみをお酒の中に溶け込ませることができるのです。

 

 

 

 

麹蓋の洗浄や乾燥などの手入れ。
清潔さを要求されるためササラできれいに洗った後、殺菌して乾燥したのち使用します。

こうじ蓋の乾燥

 

熱湯で煮沸消毒中

酒母(もと)

麹、蒸米、水の混合物に酵母を増殖させたものを酒母といい、アルコール発酵のための優良酵母を純粋に多量に培養する精緻な技法を用います。暖気樽(だきたる)という伝統的な加温方法で行っています。

  酒母とは、お酒を造る酵母菌を培養する工程のことで、優良な酵母を大量に繁殖させます。開放された場所で行われますが、この酵母の増殖方法は、すでに江戸時代に完成された精緻な技術で、品温を低温から徐々に上げるだけで、最終的にはすべての雑菌が死滅して、純粋な酵母だけが増殖します。

この温度管理に、当社では「暖気樽(だきだる)」という木製のたるに熱湯を入れて用いています。昔から「暖気樽を使って造った酒は秋あがりする」といわれていますが、これは優良な酵母がたくさん増えることによって、しっかりした味が溶け込んだ酒ができるということではないかと思います。

 

 

 

 

 

かつて、明治時代に知多半島の酒造家で組織した「豊醸組」 ( 現在の半田酒造組合 ) では、当社の蔵に豊醸組醸造試験所を設け、お酒の腐造を防ぐ画期的な酒母造り方法を開発しました。これは腐造防止に大変な成果を上げ、全国の酒造家が訪れたそうですが、これが今の「速醸」の礎となりました。

【暖気樽の操作】

  

  

「醪」は酒母に蒸米、麹、仕込水を3回に分けて仕込んでいく三段仕込みにより、蒸米はブドウ糖に(糖化)、酵母はそれをアルコールに変える(発酵)工程が同時に併行して行われ、25~30日位で酒になります。

  モロミ ( 醪 ) とは酒造りの最終段階で、酒母に蒸し米と麹と水を三回に分けて加えていく操作です。これを三段仕込みといいます。まず最初に、タンクの中に上記を入れて、活発で強い酵母を増殖させ ( 初添え ) 、次の日はそれらの糖化促進と酵母増殖を十分にさせます ( 踊り ) 。

 

 

  三日目 ( 仲添え ) 、四日目 ( 留添え ) に再び米、麹、水を追加し、麹のアミラーゼによる糖化と、それによってできたブドウ糖を食べて酵母がアルコールを出す発酵が同時に行われ ( これを並行複発酵という ) 、20~40日で酒になっていきます。

 

 

モロミの過程で、コクや芳醇さが形成してきますが、原料米とその精白歩合、麹と酵母、そしてその割合ですでに設計図は完成しており、最後の詰めの工程ともいえます。

このモロミタンクは大型化して 3 トンから 20 トンくらいの仕込が一般化していて、なかには屋外に数百トンの仕込みタンクを設置する社もあります。当社では、それぞれの酒質設計に合わせて最適の管理を行うため、 1,5 トン仕込みを行っています。又この工程中での最高温度、日数が酒質に大きな影響を及ぼすため、長期低温モロミを守り、キメこまやかで味わい深い酒造りを目指しています。

蔵外観と中部国際空港(セントレア)

道具

甑(コシキ)とは、酒米を蒸すための大きな桶のことです。
現在では、金属製の甑が主流ですが当社では、まだ木製の甑を使用しております。
「酒造りは蒸しから」という言葉がありますが、米を蒸すことは、モロミ経過や粕歩合など、その後の工程に大きく影響を与えることから、大変重要です。
特に良い麹を作るために、「外硬内軟」に蒸しあげることが要求されます。その為には、やはり木でできた甑が優れているのですが、熱い中で作業をする大変な労力がかかること、そして、木はメンテナンスに非常に気を遣うこと、などから、今では金属の甑や連続蒸米機に変わりつつあるのが現状です。したがって、新しい木甑を作るということは、ここ40年間はほとんど数えるほどしかなく、甑を作る技術を持った職人さんも全国で一人か二人残るのみと言われています。弊社では、近年、大阪堺市のウッドワーク、上芝雄史さんにメンテナンスを依頼しております。(2004年制作 2016.9修理)


甑(こしき)を作りました。(平成14年製作)

コシキとは、酒米を蒸すための大きな桶のことです。このほど少ロットに対応するため、新たに木製の甑(中甑)をつくることになりました。

はじめに

「酒造りは蒸しから」という言葉がありますが、米を蒸すことは、モロミ経過や粕歩合など、その後の工程に大きく影響を与えることから、大変重要です。特に良い麹(=突破精)を作るために、「外硬内軟」に蒸しあげることが要求されます.そのためには、やはり木でできた甑が一番すぐれているのですが、熱い桶の中で米を掘るという大変な作業になるため、今では連続蒸米機に変わりつつあるのが現状です。したがって、新しい木甑を作るということは、ここ三十年間はほとんど数えるほどしかなく、甑を作る技術を持った職人さんも全国で数人が残るのみといわれています。

白老では五年前に大甑をつくりました。弊社の木製の酒作り道具を一気に引き受けてい頂いている石川喜一さんもその時90才になろうとしており、お元気なうちに・・・と思っておねがいしました。その時は底板の直径六尺三寸、高さ五尺三寸、一度に米を二トン処理できるものでした。

その当時もそうでしたが,多品種少量生産が更に進み、それぞれの商品ごとに品種・精米歩合の違う米を用いるために、もう少し小さいものが必要となりました。石川さんも今年95才!正直受けていただけるか不安でしたが、お願いしたとたん目を輝かせて快諾してくださいました。さすが、職人気質の固まりのような人だけのことはあります。

今後、陰干し乾燥後、戸外で雨にうたせてあく抜きを一夏かけて行い、秋口から部材の製作、11月初旬に組み立て完成の予定です。順次工程の進捗状況をお知らせしていきますのでご期待下さい。

原木の選定 6月13日

甑は、酒造りのシーズン中は毎日蒸されるという過酷な状況におかれ、シーズンが終わると乾燥してしまうという厳しい使い方をされます。これらに耐える耐久性があって狂いがなく、しかも酒米ににおいをつけない杉か椹が用いられます。

普通の桶の側板は、木巾が楽に取れる板目*1ですが、狂いが来ず耐久性のある柾目*2で板を取ります。また、木材の外周辺部の白い部分は白太といって柔らかく腐りやすいので取り除きます。そのため、ある程度の以上の巾を取れる木は、必然的にかなりの大径木となります。古い木は耐久性もあるため、最低百年以上の樹齢のもの(本当は欲を言えば2~3百年以上のものが望ましい)ということになります。

最近は良質の大木が手に入りにくくなっているので、豊橋まで足を伸ばしました。愛知県の北東部、北設楽地方はかつて振草村と呼ばれてここの杉は良質で硬いことで知られています。

前回はいろいろ山に当たって探しに探し、最後にお世話になったのが「豊橋原木センター」さんだったのですが、今回はそこにまっすぐ直行しました。

早速見せて頂いたところ、樹齢350年というすばらしい杉がありましたが、残念ながら予算がまったく合わず断念しました。さすがの豊橋原木センターさんにもそれほど選択できる余地はなく、二番目の直径90cm樹齢120年ほどの杉に決定しました。

この木に決めました

製材   6月26日

半田市の製材所に運ばれた杉は慎重に木目を吟味した後、帯鋸で厚さ2寸3分のもの(側板用)と、2寸5分(底板用)に分けて製材されます。 石川さんもつきっきりで指示をだしていきます。丸太をひいて板にしていくと節がどうしても出てきますが、それを避けて木取る算段をします。 大まかに挽いた板は、その後一ヶ月以上陰干しした後、外に出して雨にうたせ、木のあくや狂いをとります。

  

  

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部材の作成

十分に乾燥した木材を、まず、予定の寸法より少し余裕を見て切り落とします。部材は、桶底と桶の側板、それらをまとめる竹くぎに分かれます。

まず、側板は「せん」という両方にもち手のついた刃物でアールを出していきますが、今は電気ガンナにアールをつけた刃をつけて削り、「かま」という道具(定規)を当てながら寸法を出していきます 。今回は残念ながら、この部分の撮影が、時間が無くてできませんでしたが、後のページの「組み立て」のところで少し紹介できるのではないかと思います。

ところで、桶の設計図というのは実はありません。当方から依頼するのは、米をこれだけ入れて蒸したいという容量を伝えるだけで、大雑把な寸法しか指定しないのが普通です。(実はこれが今回後々混乱の原因になるのですが)

おおむね甑の縦横の比率は決まっていますので、容量が分かれば底板の直径つまり内径と高さが出てきます。ところが、今回は、従来依頼する側がほとんど考慮しなかった要素、すなわち少しでも米堀りの作業が楽になるようにしたい、熱さを少しでも和らげるとともに、米を持ち上げる高さを低くしたいという要求を出しました。つまり、従来のものに比較して、直径の割に高さが低い「ずんぐり型」にして欲しいというものです。どのくらいの縦横比にするか、当方のミスで十分に伝えられなかったため、途中で桶底の直径を大きくすることになりました。そのために出来上がっていた桶底をばらしたうえ、もう一枚板を追加して真中に入れることになりました。直径が大きくなったので、必然的に側板も足らなくなり、タガに使う竹の長さも不足することになってしまったのです。

底板の作製は、厚さ2寸5分の柾目板を並べて板と板を竹くぎで接合します。もちろん鉄を嫌う酒の道具ですから、鉄くぎはご法度、接着剤も使いません。

次に桶底の直径にあわせて丸く線をひきます。

普通なら真丸だと思われますが楕円にします。何年も使い込むうちに木質がやせてくると、木の上下方向はほとんど縮みませんが、横方向は収縮率が高く縮んでしまうために、丁度よくなるように横方向を大きくしてあるのです。

写真では分かりにくいかもしれませんが、スミが2本ついていて、今回は片側3センチメートルづつ大きくしてあります。その線に従って切断しますが、真横から見ると逆台形に切っていく結構手間のかかる作業です。

出来上がった側板

側板をとめる竹くぎの作成

組立 1日目

いよいよ10月25日(金)26日(土)27日(日)の三日間で組立です。

25日、朝8時から仕事が始まります。仕事場は手伝いの大工さんの仕事場をお借りしました。前回も手伝って頂いた三人の大工さんにお願いして、石川さんは今回はもっぱら監督役に回りますが、表情を見ているとやっぱりさびしそう。

秋晴れのすがすがしい天気に恵まれていよいよ組立作業が始まります。

  まず、馬を組み立ててその上に底板を乗せます。底板は竹くぎだけで接合してあるので、外れないように作業中は裏側から仮留がしてあります。(出来上がれば側板が周りからがっちりはまってタガが固定されるので問題ありません)

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  次に側板を順に並べ、竹くぎで接合していきます。底板の周囲と側板の幅は同じはずですが、それは出来上がりの寸法。実際には側板のほうがかなり長くて見た目はぶかぶかです。今から三日間かけて板を締め上げて圧縮して、最終的にぴったり嵌まるようにします。

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側板の回りに布の帯をかけて締め上げたところ、やはり側板の幅が足りません。木の硬さ(しまり具合)によってどれだけ余分をとるか、まさに経験と勘の世界です。現時点から3寸余分にすることに決定しました。

  

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これが「かま」です

急遽、側板を追加製作します。幅と高さを所定の寸法に切って、「かま」をかけながら仕上げていきます。
「かま」とは、甑や桶を作るときに用いる道具で、実にこれ1本だけが設計図代わりです。今回のは、たまたまぴったりの大きさのものを、石川さんが倉庫から出してきました。因みに「昭和26年11月11日、岡崎、丸石醸造」とスミで書いてあります。石川さんの記憶はたいしたもので、戦争中爆撃で蔵が火事で焼けてしまったため、いっとき間に合わせを使った後で、新規に作ったものだ・・・、とそのときの様子もはっきり覚えておられます。

桶は丸いので、側板の表と裏をカーブをつけて削ります。そのアールを出すために「かま」を当てて確かめながら削っていきます。又、側板と側板の当たりが大切です。はじめからから面と面がぴったりあってしまっては締まって行かないので、少し角度を多めにして、内側がより強くあたるようにします。そのための基準になるのが「かま」というわけです。余談ですが、石川さんによれば寸法を「計る」ことから、それが転じて人を計る、つまり「かまをかける」という言葉の語源だと言われます。真偽は定かではありませんが、なんとなく納得します。

「かま」を当てているところ

板ができると、竹くぎの位置を確認してポンチで印をつけ、ドリルで穴を開けて竹くぎを打ちこんで板と板を合わせ、当て木を当てながら小槌でたたいて合わせます。

  

  

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  追加した板をはめ込んで、”ネコ”と呼ばれる鉄棒を締めこんだ頃にはお昼になりました。

午後、ネコのねじを少しづつ締め上げます。鉄棒をじょうばんで叩きながら息をあわせて締め上げます。ぐるぐる回りながら叩いていくと、均一に側板がしまっていきます。これがまた大変な作業で、全力で力を込めていくのですが、途中どうにもこれ以上しまらなくなったところで、若い大工さんが全身を使って勢い良く締め上げたとたん、バン!という大きな音と共に鉄棒が切れてしまいました。「だめだよ。急にやっちゃ」とお叱りの声がすかさず飛びます。そんなこと言っても力を入れなきゃ締まらないし、力を入れるにはこれしかないのに・・・、と思いながら見ていましたが、その後は、じわじわゆっくり、限界ぎりぎりのところを感じ取りながら締めていく腕のよさには感心しました。

ところが、その後それでも締まりきらずに必死の力を3人がかりで発揮して「さあ、もう少し」というところで、再び鉄棒のねじがなめてしまって、また最初からやり直し。そのたびに、鉄棒のねじ山を切り直しての作業です。ほぼ締まったところで、底板を一旦はずして、側板の内側にぐるっとノコギリ目を入れ、ノミで斜めに切欠きを入れます。底をとっても、ねこと布帯でしっかり締め付けられているので、側板は丸いままです。

なんか浮世絵にあったような風景です。

電気ノコギリで切れ目を入れた後、ノミで斜めにはつります。

 

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  しっかり締められているので簡単には嵌まりません。あて木を当てて槌で叩き込みます

底板を嵌める加工をする一方で、底に巻く鉄タガの準備が始まりました。鉄の帯には違いないのですが、これも桶にあわせてテーパーがついている特殊なもので、今はもうできないので、古い桶からとったものをリサイクルして使います。

 

 

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  一度桶底に仮にかけて寸法を出した上で、ポンチで帯金に穴をあけ、リベットで留めます。もうこのリベットも手持ちのものがわずかしかありませんが、新たに注文すると二万個発注しないと作ってもらえないのだと石川さんがこぼします。鉄タガをハンマーで少しずつ叩いて桶に密着させながら、楔のような道具を当てて叩き込みます。

組立 2日目

さて、二日目になりました。昨日とはうってかわってどんより曇って、いまにも降り出しそうな天気です。天気予報では曇りのち雨ということで、午前中だけでもできるかなと心配です。底に鉄の帯タガをはめている中、ついに雨が降り出しました。激しい雨に、慌ててシートをかぶせて雨宿り。今日はもうだめかとあきらめましたが、運良く三十分ほどで雨がやんでくれました。

一方、作業場の前の道で竹タガもあわせて編み上げられていきます。前回のときは豊田市の山からとった竹を用いましたが、今回は竹を切る人がいなくなったためと、甑の大きさを変えたために長くなければならず、要求したものが手に入らないので、やむなく茨城県のものを用いました。本当は長さ12m以上のものが欲しかったのですが、そんな訳でやむなく継いでいくことにしましたが、さてうまく締まるか心配そうです。

タガは本来1本の竹を、このクラスですと八割りにして用います。タガ自体にかかる力はものすごいものがあり、この力に耐える丈夫さが要求されます。また、編み上げていく過程でしなやかさがないと竹が折れてしまうので、これらの要求に合った竹が欲しいのですが、近くにはないのが実情です。しかも、ちゃんと割るのは「竹割り三年」という言葉があるくらい難しいものです。きれいに割れたらその後で、節を削り落として平滑にしたり、裏を削って加工したりと、これも熟練を要します。いい加減だとうまく編み上げられませんし、それほどでなくても、タガを組むのに余分な手間がかかります。

この地方は酒の産地であったため、その周辺産業も盛んで、幸い今でも竹屋さんが残っています。最近では灘にある四斗樽メーカーのタガ用の竹も引き受けているくらいで、そこにご無理を言いました。

 

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  まず、桶に直接竹を当てて大きさを見て、印をつけ、二本の竹をよくしなうように足で踏んで曲がりをつけます。次に編み始めますが、長い竹がむちのようにしなって、見ていると簡単そうです。が、絶対私には真似のできない技です。だんだん竹の上の方になってくるとタガらしい形になってきます。「矢」という道具で、編んだ竹の中に竹を差し込んでいきます。何度見ていても、どこにどうさすのか分かりません。さらに二本の竹を差し込んで、着実に編まれていきます。途中、実際に桶にかぶせて寸法を調整しながら(一旦組みあがってしまったら、わずかに緩めることはできますが、締めることはできない)慎重に組みます。

 

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  こうして調整を繰り返しながらタガが完成します。オーケーとなったら、タガの裏に入れる芯を作ります。もっと大きな桶の場合は、杉の丸太を半分に割ったものを入れるそうですが、甑の場合は竹に縄を巻いたものを用います。これがないとタガが平たくつぶれてうまく嵌まらないのと、完成したときタガが立体的に見えて、見た目が立派だという意味もあるそうです。実用一点張りみたいで、意外と見た目も気にするものなのかとちょっと意外でした。これも職人の粋なのかもしれません。

桶にタガをはめる作業がまた大変です。何度も水をかけてすべりをよくしながら叩き込んでいきます。できる限りきつく、ちょっと入らないんじゃないかというところまで小さくしてありますのでなかなか入りません。

午後になり、地元の神主さんにお払いをしてもらいました。

大変な苦労の末、二本目のタガが嵌まったのは、もう日もとっぷり暮れた五時半でした。

組立 3日目

三日目の朝、昨日とうってかわって上天気です。後2本タガを作って嵌めなければなりません。昨日は何せ5年ぶりということで少々手間取りましたが、慣れてきたため今日は順調な滑り出しです。

  

  

  

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  お昼ご飯までに2本目のタガも嵌まりました。

午後になると、今まで逆さまにおかれていた桶がひっくり返されます。外側は鉄タガやら竹タガを嵌めるために苦労の汚れがついて、なんとなく薄汚れたような感じがしましたが、中は杉のまっさら。杉独特の美しい木目がとてもきれいで神々しいほどです。作業を見守るギャラリーからも「おおっ」と言う声にならない歓声が起こりました。

次にタガの飛び出した竹を切り取り、桶の上の端を削ってお化粧をしたりして、すっかり見違えるようになってほぼ出来上がりました。

最後に釜の蒸気が通る穴を底板にあけます。穴の直径は3寸。

  

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  三日目もそろそろ日がかげる頃、見事に甑が完成しました。そばで見ているだけでも力のいった三日間、まさに職人仕事の精髄を見た思いに、記念写真をとるのも忘れてただただ見つめているだけでした。

タガだってもう少しゆるくしておけば、あんなに苦労しなくてもできるのに、それでは出来上がってからの、米の蒸しあがりや甑の耐久性に影響してくるため、決して妥協するということがありません。石川さんに以前聞いたことですが、「貧乏は恥じゃない。人からいい加減な仕事だといわれるのが恥だ。そう、親父からよく言われたもんだ」という言葉が思い出されました。酒造りも結局一緒のことではないかと思います。足をいためて、前の日まで起きられなかった石川さん、そして3人のお手伝いを頂いた方々の、身を削るような努力の結晶であるこの「甑」、大切に大切に、そして真剣に酒造りに取り組まねばと強く思った3日間でした。

こまの作製

「こま」というのは、釜から上がった蒸気を均一に桶全体に回らせるための、木製の一種の帽子みたいなものです。毎日強い蒸気にさらされるため、耐久性のある欅(けやき)を使います。八角形に加工した木に8本の溝を掘り、その溝を伝わって高熱の蒸気が八方に噴出するようにしてあります。この上に竹でできたサナを置き、さらに麻布をしいて米を置いて蒸すのですが、まず消毒も兼ねて空のまま試しに蒸してみます。

ためしに蒸したところが釜と甑の隙間から蒸気がもれています。空のままなので、重量がなくて押さえつけられないためもあるのですが、どうも「こま」の溝が狭すぎるようです。もう一度大工さんの手をわずらわせて溝を3ミリメートル広げてもらいました。(大きくしすぎて蒸気が遠くまで届かなくなるとこれも困ります)

11月14日、今日がいよいよ使い始め。しっかり作っていただいた「甑」だけにとてもいい蒸米が仕上がりました。「酒造りは 蒸しから」といわれ、米の外側を硬く、内側をやわらかく蒸すことがとても重要です。今年は寒さも早く来てくれました。皆様に満足していただけるよう、一層酒造り頑張りたいと思います。

平成14年11月15日


麹蓋

麹を造る作業を製麹(せいぎく)といいます。
当社の場合は、昔から用いられてきた「麹蓋」(こうじぶた)を使い麹を造っています。
少量ずつ盛り分けることで、細かく手入れが行え、その時々に合わせた対応ができます。
夜間の作業をしなければならないこと、完全な洗浄が求められるため大変な手間がかかるなどのため、大吟醸から普通酒まですべてのお酒について麹蓋を用いているのは現在愛知県内では当社のみです。(平成29年現在)
この麹蓋で少量ずつ作った麹は、均質で麹菌の深い破精込み ( はぜこみ ) を可能とし、米のうまみをお酒の中に溶け込ませることができるのです。

暖気樽

当社では、酒母の温度管理に、「暖気樽(だきだる)」という木製のたるに熱湯を入れて用いてきましたが、現在では仕込の大きさが小さくなったこともあり、この手法をおこなっておりません。しかし、今後原点回帰で、使えるようにしたいと思っております。
昔から「暖気樽を使って造った酒は秋あがりする」といわれていますが、これは優良な酵母がたくさん増えることによって、しっかりした味が溶け込んだ酒ができるということではないかと思います。

お気軽にお問い合わせください TEL 0569-35-4003 受付時間 9:00 - 17:00 (土・日・祝日除く)

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