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 知多の酒造りは元禄元年(1696年)、当時尾張藩の御用商人であった木下仁右衛門が保命酒と呼ばれる薬用酒をつくり、壷に入れて献上したのが始まりといわれています。元禄十年ごろから江戸への出荷が始まり、知多は一大産地へと発展していきます。
 清酒、白老は幕末に創業し、明治時代には速醸の礎となる乳酸添加による酒母造りの開発に成功しました。以来、米の旨みを大切にいかした、料理をひきたてる酒を造るため、基本に忠実な酒造りを通じて品質第一に歩んでいます。
 一方、古くから陶都として知られている常滑は、瀬戸や信楽など日本六古窯のひとつとして最古、最大を誇っています。常滑焼きを生んだ、職人の町で、蔵人たちの熱い心が今に息づく、伝統の酒蔵がここにあります。

蔵の外観
蔵の外観

沿  革
    
嘉永元年
(1848年)
初代 澤田儀平冶が水質に恵まれたこの地に酒造業を興し、船で名古屋、静岡、東京まで販路を拡げた。
明治初期 このころ、知多酒が最も多く造られ、灘とほぼ肩をならべる、全国第二の生産地となる。
明治後期 2代目 儀平冶は蔵内に醸造試験所を設け、江田鎌治郎技師を招いて、酒の腐造を防ぐ画期的もとづくりの技法を開発する。(速醸
昭和26年 清酒白老が第一回愛知県酒造品評会で第一位の栄光に輝く。
昭和28年 「よりよい清酒、お客様に愛される酒質」をモットーに、澤田酒造株式会社に組織改変する。
昭和44年 全国に先がけて生の酒「蔵人だけしか飲めぬ酒」を発売する。
昭和57年

国税庁醸造試験所全国新酒品評会金賞受賞

昭和62年


平成 5年
平成10年
平成16年
 

大カメ

酒蔵と常滑焼の大カメ

  


枯らし

蔵の内部(麹の枯らし)

 

周辺MAP

  常滑の風景  

 

※画像をクリックすると拡大されます。

地図

 

住所 : 〒479-0818 愛知県常滑市古場4-10

TEL : 0569-35-4003

FAX : 0569-35-6953

 

土管坂

 

■土管坂■

焼きむらがあったり、いびつになった土管は家の基礎石代わりになったり、よう壁に使われました。やきもの散歩道沿いには、いたるとことに見られますが、ここが一番有名です。

登り窯・陶栄窯


■登り窯・ 陶栄窯■

かつて昭和40年代まで使われていて、大きなカメや井戸筒が焼かれていた窯です。

焼物工場

 

■焼物工場■
やきもの散歩道沿いには沢山の焼物工場があって、煙突が林立していましたが、残念ながら徐々に姿を消しています。

しかし、これから貴重な町の財産として保護していきたいと思っています。

常滑屋

■常滑屋■

そのために土管工場をお借りして平成7年から喫茶、ギャラリー、金曜日だけの居酒屋をはじめました。

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