明治時代、当社の蔵に豊醸組(半田酒造組合の前身)醸造試験場を作ってお酒の腐造を防ぐ画期的な酒母の造り方を開発しました。その結果たいへんすぐれた酒質のお酒が出来上がり、そのお酒を「豊醸」と名付けて発売し好評を得ました。この酒母の製法が現在の「速醸酛」の礎になっています。